地域のボランティア&団体などの活動ブログ

福田観音堂「ことまつり」

2026年4月20日 17時00分

 薄曇りの4月20日月曜日、福田観音堂で「ことまつり」がありました。このご縁に西善寺ご住職をお迎えしてのお経と法話を聞くおまつりです。新福・観音・若宮・山城の4町内会の世話人の方達によって運営されています。
 境内にある由来を記した案内版によると、観音堂は1819年、文政2年には木造茅葺きのお堂があると「郡中国郡志」に記録が残り、現在の銅板屋根葺きの観音堂となったのは、1987年、昭和62年の4月20日の山陽道東インターが設置された日であるとあります。まさに「ことまつり」の日です。 

福田観音堂「ことまつり」1  
 世話人代表の谷光さんによると、お寺さんをお迎えして今の様式になったのもこの時だそうで、昔は子ども相撲があり露店もあった賑やかなお祭りだったとも言われておりました。今は集まる人も少なくなったけれど、たくさんの方にお参りしてもらいたいなあと語っておられました。
 少し説明を加えると、1600年、慶長5年関ヶ原の戦いで西軍が敗れ、広島藩主は毛利元就から福島正則となりましたが、その福島正則により福田にあった4つのお寺、西善寺、妙法寺、新福庵、長円寺は西善寺を除いて廃寺とされました。福田観音堂は長円寺観音堂とも呼ばれますが、かつてあったお寺の流れを汲むことがわかります。またこの観音堂、奈良時代の行基作と伝わる観音像、平安時代の恵心僧都作とされる阿弥陀如来像もあります。まさにいろんな歴史を歩んだお堂なのです。

福田観音堂「ことまつり」2
 話を元に戻すと、ご住職が法話の中で『先達のご恩があり今がある。そのご恩を留めることなく、次世代へ伝えていきましょう。』とお話しされておられました。世話人の方のご苦労に頭が下がりますが、そのご苦労に報いるためにも、お祭りにたくさんの人が集まっていた時代、そこにはたくさんの笑顔があり活気もあっただろう時に、少しでも戻れれば良いなあと思った「ことまつり」の1日でした。
 
福田歴史文化保存会 上林 充

福田観音堂「ことまつり」3