【地区社協】1978年と一冊の小冊子〜半世紀前の原点と、これからの地域を想う〜
先日8月30日開催された地区社協主催の暑気払い(懇親会)でのことです。
参加された皆様と楽しく歓談する中で、一冊の小冊子を譲り受けました。
2006年(平成18年)に口田東地区社会福祉協議会が発行した『福祉のまちづくりプラン』です。表紙に掲げられた「アンタラトノー イッショニナッテ。ヨーガンスノー。」という温かい言葉とともに、ページをめくると、当時の地域の姿や住民アンケートの結果が丁寧に刻まれていました。
この資料をじっくり眺めながら、ふと気づいたことがあります。 私たちが暮らす「はすが丘自治会」、そして「口田東地区社会福祉協議会」「口田東小学校」が誕生したのは、いずれも1978年(昭和53年)前後のこと。まもなく設立から半世紀(50年)という大きな節目を迎えようとしています。
実は私事になりますが、1978年は私自身が結婚をした年であり、同時に母を見送った年でもありました。個人的な人生の大きな節目と、この街の始まりが同じ時代にあったことに、なんだか深い縁(えにし)を感じずにはいられません。
さて、2006年の『福祉のまちづくりプラン』の冒頭には、口田東社協の基本方針としてこのような趣旨が記されています。
「広域で統一して対応できる事業は地区社協で担い、個々の身近な事業については各自治会(町内会)で拠点を整備しながら進める」
当時から「全体で支えること」と「身近な地域で取り組むこと」の役割分担が大切に議論されていたことが分かります。
それから約20年が経ち、2026年の現在。 それぞれの町内会や自治会では、高齢化や担い手不足など、様々な課題に直面しています。 無理のない形へ事業の見直しやスリム化を模索するところもあれば、限られた人数で懸命に従来の形を守り続けようとしているところもあり、地域の維持に向けた手探りが続いています。
私自身、自治会の広報活動や各種行事、ボランティア活動に関わらせていただく中で、年々実感することがあります。 それは「街ができた当初の仕組みのまま、善意や奉仕だけに頼り続けていくことには、そろそろ限界がきているのではないか」ということです。
昔は60歳で定年を迎え、元気に地域活動へ入ってくださる方がたくさんいらっしゃいました。しかし今は70歳まで現役で働かれる時代です。退職されてから重い役職や作業を引き受けるのは、体力的にも精神的にも容易ではありません。
公園の掃除ひとつをとっても、すべてを住民のボランティアに頼るのか、あるいは地域の専門業者さんやシルバー人材の手をお借りするのか——。 時代と暮らし方の変化に合わせて、私たちも「できること」と「頼るべきこと」のバランスを優しく見直していく時期に来ているのかもしれません。
暑気払いの席でいただいた歴史資料を手にしながら、これからの世代や自分自身が無理なく、笑顔で住み続けられる地域であり続けるために。そんなことをつれづれと考えてみました。
(はすが丘自治会 広報担当)
PS:
※ 『福祉のまちづくりプラン』に掲載されている「空から見たあなたの町、私の町」
(A3サイズの見事な航空写真です_中国新聞提供)