「原爆被爆者慰霊碑」の移動新設

「原爆被爆者慰霊碑」の移動新設。

         

振り返れば昭和2086日、原子爆弾の一発により火の海、阿鼻叫喚、地獄となった街から水をください、助けてくださいと避難してきた罹災者が可部の町にあふれていました、その様相を語るにはあまりにも多く時間がいくらあっても足りません。ただ一つ言えることはこの眼下にある根の谷川の河川敷で、家族、親族の誰一人見送られることなく、南無阿弥陀仏と法要のお念仏一つなくあの世に送られた148名の死没者の無念です。

可部で原爆死没者となった人も300人をこえます、そのほとんどが中学生の学徒、僕たちの先輩、まったく罪の無い若者たちです。

その慰霊を偲んで広島原爆被爆者協議団体可部支部によって、木柱の慰霊碑が建てられましたが、その場所も4年前の土石流により死没者の安住の地ではなくなりました

寺山公園をつくろう会のメンバーの奉仕活動により10年、寺山は立派な地区住民の公園となり、今はその維持管理清掃を行っています。その公園の一角に新らたに慰霊碑を建立する計画をたてました。

みんなで工夫し知恵を絞り末永く保存できる石碑にすることで計画を進めていましたが、寺山公園づくりに支援をいただいている可部ライオンズクラブより、石碑を製作し寄贈しようとの力強い協力をいただき、その結果が今ここに実現いたしました。

戦後72年です、製作にあたった人も戦争を知らない人がほとんどです、今の平和があることは、可部で埋葬された多くの被爆犠牲によるものであります。こうした方々の冥福と慰霊を偲び、未来永劫風化されることなくこの悲惨なる事実を語り継がなければならないとの皆様のあつい信念のこもった原爆被爆者の慰霊碑です。

この場所は小さな場所ですが、国際社会に核兵器の廃絶、戦争はしない、平和な国の建設を呼びかける大きな場所です。

 

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